「今年は改定の年だから忙しくなる」——医療事務として、この言葉を何度耳にしたことでしょうか。
診療報酬改定は原則2年に一度、医療の「値段」そのものが見直される制度です。点数表の変更だけでなく、算定要件・施設基準・そして窓口でお預かりする金額にまで影響が及びます。
そして2024年度(令和6年度)改定から、施行日が4月1日ではなくなりました。ここを勘違いしたままだと、準備のスケジュールが丸ごとずれてしまいます。
大学病院の外来で医療事務として22年、月およそ6,000枚のレセプト点検を担当してきました。その経験をふまえて、改定の仕組みと、現場で慌てないための備え方を解説します。
診療報酬改定とは何か
診療報酬改定とは、医療機関が保険診療に対して受け取る点数(診療報酬点数)の見直しを、原則として2年に一度、厚生労働省が行う制度です。中央社会保険医療協議会(中医協)での議論を経て、前年の年末に改定率が決まり、翌年2月に答申、3月に告示・通知という流れをたどります。
改定率は「本体部分(技術料など)」と「薬価部分(医薬品の公定価格)」に分けて示されます。本体がプラス改定でも、薬価のマイナス改定と相殺され、全体ではマイナスになることも珍しくありません。
なお薬価改定は2021年度以降、毎年行われるようになりました。「改定のない年」は、もうありません。
そして医療事務として押さえておきたいのは、単に点数が上がった下がったという話よりも、算定要件そのものが変更・新設・廃止されることのほうが、実務への影響がはるかに大きいという点です。
点数のそもそもの仕組みについては、こちらで詳しく解説しています。
👉 医療費はどうやって決まる?点数制度の仕組みをわかりやすく解説
【要注意】施行日は4月ではなく6月です
これが一番間違えやすいポイントです。
かつて診療報酬改定は4月1日施行でした。しかし2024年度(令和6年度)改定から、本体の施行日は6月1日に変更されています。医療機関やベンダーの準備期間を確保するための見直しで、2026年度(令和8年度)改定も同じく6月1日施行でした。
ややこしいのは、薬価だけは4月1日施行のままだという点です。つまり施行日が二段階に分かれています。
| 区分 | 2026年度改定の施行日 |
|---|---|
| 診療報酬(本体) | 2026年6月1日 |
| 薬価 | 2026年4月1日 |
| 材料価格 | 2026年6月1日 |
4月から6月までの2か月間は、「薬価は新しい、点数は古い」という混在期間になります。この時期のレセプト点検は特に注意が必要です。
2026年度(令和8年度)改定の改定率
2025年12月24日の予算大臣折衝で決まった、直近の改定率がこちらです。
| 区分 | 改定率 |
|---|---|
| 診療報酬(本体) | +3.09% |
| 薬価 | ▲0.86% |
| 材料価格 | ▲0.01% |
今回の改定には、これまでにない特徴があります。本体の+3.09%は「令和8年度と令和9年度の2年度平均」だという点です。内訳は令和8年度が+2.41%、令和9年度が+3.77%。つまり改定の効果が2年がかりで段階的に出てくる設計になっています。
また+3.09%のうち+1.70%は賃上げ分です。看護補助者や事務職員についても引き上げの対象とされており、医療事務として働く側にとっても他人事ではない改定でした。
窓口業務に直接ひびいた変更:入院時の食費と光熱水費
改定というと点数の話に目が行きがちですが、患者さんが窓口で払う金額が直接変わった項目もあります。2026年度改定では、入院時の食費と光熱水費の基準額が引き上げられました。
| 項目 | 引き上げ額 | 患者さんの負担 |
|---|---|---|
| 入院時の食費 | +40円/食 | 原則+40円/食(低所得者は所得区分に応じて20〜30円/食) |
| 光熱水費 | +60円/日 | 原則+60円/日(指定難病患者等は据え置き) |
金額としては小さく見えますが、1か月入院すれば食費だけで3,600円ほどの増額になります。入院を経験した患者さんやご家族から「前回より高いのはなぜ?」と質問が出やすいところです。
しかもこの食費・光熱水費は高額療養費の対象外です。上限額を超えた分が戻ってくる仕組みには含まれないので、「限度額まで払ったのに、まだ請求がある」という誤解につながりやすいところです。
👉 高額療養費制度とは?自己負担限度額と申請方法をわかりやすく解説【2026年8月改正対応】
そもそも「施設基準」とは何か
改定の話に必ず出てくるのが「施設基準」です。ここを押さえておくと、改定作業の全体像がぐっと見えやすくなります。
施設基準とは、特定の診療報酬を算定するために、医療機関が満たしていなければならない条件のことです。人員の配置、設備、実績、体制などが項目ごとに細かく決められています。
そして大事なのは、条件を満たしているだけでは算定できないという点です。地方厚生局に届け出て、受理されて、はじめて算定できるようになります。
「入院の話でしょう?」と思われがちですが、そんなことはありません。外来にも施設基準が設定された加算は数多くあります。感染対策の体制、医療DXへの対応、明細書の発行体制など、外来だけで完結する項目もたくさんあります。
私が担当していた施設基準の仕事
外来で施設基準に関わっていたとき、実際にやっていたのは大きく3つでした。
- いまの体制で要件を満たしているかの確認
- 各部署との話し合い(足りない部分をどう埋めるか)
- 届出に必要な実績件数の集計
意外と手がかかるのが3つ目です。施設基準には「年間○件以上」「月○件以上」といった実績要件が設定されているものがあり、届出書に書く数字は自分で数えて出さなければなりません。診療実績のデータを引っぱってきて、条件に合う症例だけを拾って集計する。ここは地道な作業でした。
そしていちばん時間がかかったのは、2つ目の各部署との話し合いです。
施設基準は事務だけで完結しません。人員配置なら看護部、記録の書き方なら医師、設備なら施設の担当。それぞれに「この基準を取るには、ここをこうしてほしい」と伝えて、動いてもらう必要があります。点数表を読む時間より、人と人の調整に使う時間のほうがずっと長かったというのが正直なところです。
これから施設基準を担当する方に伝えたいのは、「要件を読む」と「現場に動いてもらう」はまったく別の仕事だということ。前者は勉強すればできますが、後者は日ごろの関係づくりがものを言います。
届出は「いつ出すか」で算定開始月が変わる
通常時のルールはシンプルです。月の末日までに受理されれば、翌月1日から算定できます。逆に言えば、1日でも遅れると丸ひと月分の算定を逃すことになります。
ただし改定の年だけは特例日程になります。2026年度改定では、前述のとおり6月1日が期限(推奨は5月18日)でした。「いつもどおり月末まで」と思い込まないことが、改定年のいちばんの注意点です。
毎年8月の「定例報告」を忘れずに
届出は出して終わりではありません。届け出た施設基準についていまも要件を満たしているかを自己点検し、地方厚生局に報告するのが「定例報告」です。これは毎年行います。
ここも変更点があります。以前は7月報告でしたが、2024年度(令和6年度)から8月報告に変わりました。2026年度は8月1日時点の状況を、8月31日までに報告する日程です。
さらに2026年度改定では、報告する項目そのものが大幅に見直されています。「去年と同じ様式で出せばいい」とはいかないので、必ずその年の案内を確認してください。詳しい様式や期限は、各地方厚生局のホームページに掲載されます。
満たせなくなったら、すぐ辞退届
スタッフの退職などで人員要件を満たせなくなることがあります。その場合は速やかに辞退届を出す必要があります。
そのまま算定を続けてしまうと、地方厚生局の適時調査で発覚し、さかのぼって自主返還を求められることになります。金額が大きくなりやすいので、「要件を満たさなくなった時点で止める」という判断がとても重要です。
改定で医療事務が確認すべき3つのポイント
1. 経過措置の期限
新しい施設基準に切り替える際、一定期間は旧基準のままでも算定を認める「経過措置」が設けられることがあります。期限を過ぎると届出内容が無効になり、算定ミスや返戻の原因になります。
経過措置は項目ごとに期限がバラバラです。「9月末まで」「翌年3月末まで」と混在するので、一覧表にして期限順に並べ替えておくのが確実です。
2. レセコンのマスタ更新
新設された加算、廃止された加算が、レセプトコンピュータのマスタに正しく反映されているか。ベンダーが更新してくれるとはいえ、施行日直後の数日間は自分の目で確認するべきです。
特に、廃止された項目が画面上に残ったままだと、うっかり選択して請求してしまいます。これは査定・返戻に直結します。
👉 レセプトの査定とは?返戻との違いと減点を防ぐ点検のコツを22年経験者が解説
3. 施設基準の届出期限
ここも6月施行になったことで日程が変わりました。2026年度改定では、6月診療分から算定するための届出期限は6月1日。ただし5月下旬は地方厚生局の窓口が非常に混み合うため、5月18日までの提出が推奨されていました。
「前月末まで」という従来の感覚のままだと間に合いません。改定のたびに、その年の期限を必ず確認してください。
改定前後のスケジュール(2026年度改定の実例)
実際にどう進んだのか、直近の改定を例に並べてみます。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年12月24日 | 予算大臣折衝で改定率が決定 |
| 2026年2月13日 | 中医協が厚生労働大臣に答申(個別の点数が判明) |
| 2026年3月5日 | 告示・通知の発出 |
| 2026年3月23日〜7月30日 | 疑義解釈資料(その1〜その11)を順次発出 |
| 2026年4月1日 | 薬価改定 施行 |
| 2026年5月18日頃 | 施設基準の届出(推奨期限) |
| 2026年6月1日 | 診療報酬(本体)施行 |
注目してほしいのが疑義解釈です。これは「この場合はどう算定するのか」という運用上の解釈を厚生労働省がQ&A形式で出すもので、2026年度改定では3月から7月まで、11回にわたって発出されました。
つまり施行後も解釈は追加され続けるということです。「4月に勉強会をやったから大丈夫」では済みません。改定年は夏まで情報を追いかける必要があります。
現場で痛感したこと
私が勤務していた大学病院では、外来のレセプトを月におよそ6,000枚点検していました。通常月の返戻は50〜80件ほどでしたが、改定直後の1〜2か月は、これが目に見えて増えます。
原因のほとんどは、制度そのものの難しさではありませんでした。診療科ごとに改定内容の周知にばらつきがあることです。事務が把握していても、オーダーを出す医師に届いていなければ、入口の時点で算定要件を満たさない診療になってしまいます。
ですから改定対応でいちばん効くのは、点数表の読み込みよりも「誰に、いつ、どう伝えるか」の設計だと思っています。変更点を一覧表にして診療科ごとに配る。医師・看護師も交えた合同の勉強会を開く。地味ですが、返戻の数がいちばん素直に反応するのはここでした。
よくある質問(FAQ)
Q1. 診療報酬改定はなぜ2年に一度なのですか?
A. 医療技術の進歩や医療費の動向、物価・人件費の変化を踏まえて、適切な水準に見直すためです。なお介護報酬改定は3年に一度なので、両方が重なる「同時改定」は6年に一度。直近は2024年度(令和6年度)で、次は2030年度(令和12年度)の見込みです。同時改定の年は、医療と介護の連携部分が大きく動くため特に大規模な見直しになります。
Q2. 改定内容はどこで確認すればよいですか?
A. 厚生労働省のホームページに掲載される告示・通知が一次情報です。あわせて疑義解釈資料も必ずチェックしてください。実務上は、点数表の解説書、医療事務向けの専門誌、地方厚生局が開催する説明会も役立ちます。複数の情報源を照らし合わせるのが安全です。
Q3. 改定直後に算定ミスをしてしまった場合は?
A. 気づいた時点ですぐ院内で共有し、同じミスが他の患者さんの分でも起きていないか点検します。1件見つかったときは、たいてい同じパターンが他にもあります。すでに提出したレセプトであれば、返戻・再請求や過誤調整の手続きが必要になるため、事務長や上長に相談しながら進めましょう。
Q4. 改定のない年は何もしなくていいのですか?
A. いいえ。薬価改定は毎年行われますし、診療材料価格の見直しもあります。さらに2026年度改定では、令和9年度にもう一段の引き上げと調整を行うことが決まっています。「改定年ではないから安心」とは言えないのが今の状況です。
まとめ
- 診療報酬改定は原則2年に一度。点数だけでなく算定要件・施設基準も変わる
- 本体の施行日は6月1日(2024年度改定から変更)。薬価は4月1日で二段階
- 2026年度改定は本体+3.09%(2年度平均)、うち賃上げ分+1.70%
- 窓口に直接ひびいたのは入院時の食費+40円/食、光熱水費+60円/日
- 疑義解釈は施行後も出続ける。改定年は夏まで情報を追う
- 施設基準は届け出て受理されて初めて算定可。定例報告は毎年8月(2024年度から7月→8月に変更)
- 返戻を減らす最大のポイントは、点数表の読み込みより院内周知の設計
改定は身構えると大変ですが、流れさえ分かっていれば「次に何が来るか」を先読みできます。慌てないための地図として、この記事を使っていただければうれしいです。
※本記事は2026年8月時点の情報をもとに、厚生労働省の公表資料を確認して作成しています。個別の算定については、必ず最新の告示・通知および疑義解釈資料をご確認ください。


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